
季節に急かされて作るお菓子 / 創作は妄想から始まる / 甘いだけがケーキじゃない
酸っぱくて美味しい失敗 / 無いなら作ればいい / 自分にしかできないことがある場所
25歳、味のない記憶 / 東京で出会った食にアツいベーカリー / お菓子屋がサトウキビを収穫する理由

ぶどうのたねにて。
国産小麦と自家製酵母で作るパンが人気のぶどうのたねにて。
イタドリの梅バター醤油バゲットサンドを囲み、
イタドリにまつわる思い出を聞いてきました。
Vol.3では、食につまづいた苦い記憶から、
それを乗り越えるために得た経験まで深掘りします。
孤独、自己肯定感、健康、美の基準…。
日々を渦巻くあらゆる欲求に食がつながっている時代。
「食べる」ことが必ずしも「幸せ」ではないヘンテコな時代。
あなたの食が、わたしの身体が
誰かの欲求に絡めとられてしまう前に。
明日の「食べる」をちょっとだけ愛することができますように。

サキマイさん
正解の味はレシピにない / 食を楽しむ手引き / 差し迫るものがあるから焼いている
買うほどではない / パン屋を作っ た謎の自信 / 食べられる陶芸的な仕事
正解の味はレシピにない / 食を楽しむ手引き / 差し迫るものがあるから焼いている
2025.3.2.Sun
健やかなる食への執着
食べたいものが食べられない記憶
― まいさんが食べることを好きなのは、昔からですか?
うん。食べることは好きだったけど、
同時に「痩せなきゃ、痩せたい」っていう願望をずっと持っていたんよね。
― 何歳の頃から?
3歳からバレエを始めたから、その頃からだと思う。
でも、お母さんが食にこだわってる人やったんよ。
素朴な菜食料理だから、決して子供受けのいい料理ではなかったけど、
太るのとは無縁な食卓やったと思う。

今振り返ると、食べたいものを食べられなかった期間がすごく長くて。
お母さんと一緒にいるときは、「もっと味の濃いものを食べたいな」
とか、みんなが自販機でジュース買ってもらってる中で、
「私は買ってもらえない」みたいな。
そうでなくても、ずっと「痩せなきゃいけない」って思ってたし。
食に対して、ずっとどこか不満とか疑問を抱えて
生きていたんだろうなあ。
そのせいか、食に対しての興味・関心は人一倍、
強かったのかもしれない。
― それはいつまで続いたんですか?
中学生の頃、家を出て寮で暮らし始めた時から
環境が大きく変わったんよね。
バトントワリング部やアンサンブルクラブ、英語クラブと、
いろんなことに挑戦していて。
楽しかったけど、忙しすぎてキャパオーバーになっちゃって。
父親と過ごすようになった時から一気に外食も増えたりして。
マクドナルドも解禁されたりして。
いきなり味の濃い、刺激のあるものを食べ始めたもんだから、
太り始めるよね。
だけど、バトントワリング部は、人前に立って踊る競技だから、
体重が増えすぎると、よくない。

― 体重制限があったんですか?
厳密な制限はないけど、やっぱり顧問の先生に
「痩せなさい」って言われるし。
自分も痩せてた方がいいと思っていたから、
すごい体重を落としちゃって。
色んなもののバランスがそこで一気に崩れていったんよね。
頭も回ってないから、部活も、勉強もできなくなる。
結局、全てを諦めるっていう始末。15、16歳の時かな。
― 「痩せなきゃいけない」っていう呪いがずっとついてきていたんですね。食べることが難しくなると、生きることそのものが本当に辛くなりますよね。
うん。私はそれを「食につまずく」って呼んでるんよ。
健やかなる食への執着
― 今はどんなスタンスで「食べる」ことに向き合っているんですか?
ただ煮ただけの野菜とか、米と卵とか、シンプルな料理を食べ続けて
「食へのつまづき」からは解放されてきた。
だけど、食べることに依存しているのは、今も変わらないんよ。
だって、人間は食べることをやめられないやん。
だから、むしろもっと食にコミットを深めようと思ったんよね。
それで、パンを作り始めた。
食に対する人一倍以上の執着とこだわりがあるから、
パンを焼けてるんだと思う。
あと、マーケットに出るようになってから、
たくさんの農家さんや飲食店の人たちと出会って、
「この人が作ったものを食べたい」と思うようになった。
より食材と、作ってる人の顔が明確に繋がると、
「丁寧に食べたい」って思うんよね。

カロリーには含まれないエネルギーが必要だった
― 食べ物が「誰かの手によって作られたもの」だと
感じられるっていいですね。
自分は農業こそしてないんだけど、
マーケットで土に触れてる人たちと繋がれたのも大きいなって。
例えば、パンに混ぜる小麦を作ってくれてる農家さんもそうだし。
食べ物を「ただのカロリー」じゃなくて、その背後にある
エネルギーやパワーを感じられるようになったんだと思う。
― そういう出会いや経験が、「食のつまづき」から、まいさんが解放されるきっかけになったんですね。
うん。特に印象に残ってるのは、移住の先輩が、
飼っている鶏を捌くのを見た時かな。鶏の毛を一緒に抜いて、
目の前で捌くのを見て。
まだ温かい状態のせせりとか心臓を生のまま
塩を振って食べたんよ。
本当に少しの量だけど、体の芯から温まって、
めっちゃお腹いっぱいになったんよね。
その時、丁寧に作られたものには、
カロリー以上のなにかがあるぞと思った。

― まいさんのパン作りにも、その「丁寧に作って丁寧に食べる」という思いが込められているんですね。
食べ物を人から買う時も、「丁寧に作られているものかどうか」って
いう見方で決めることも多い。
やっぱり食に執着があるから、どういう人がどう作ってるかも
すごい気になってしまうんよ。
この人と仲良くなれそうか、なんかこの人は丁寧にものを
作りそうやなっていう人を選んでる。
それで、ちゃんと話して買いたい。
食べ物には、作っている人の愛とエネルギーがこもってるから。